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日進の木・キンモクセイ物語


ID番号 N21068  更新日 平成28年10月1日

「ライトツリー」に見守られ 五色園の白坂さん家族

 「何十年前のことでしょう。主人と庭に植えるとき、石ころだらけで掘るのが大変でした」
 五色園に住む白坂惠さん(63)は、自宅の庭の両端に育った2本のキンモクセイを眺め、穏やかな表情を浮かべた。
 木は、長女・恵美さん(35)と長男・牧人さん(32)が相野山小学校に入学した当時、日進町から贈られた記念樹だ。次男・大介さん(30)のときは記念樹はなかった。昭和の末から平成が始まった頃の話で、それぞれ樹齢29年、26年にもなる。
 「毎年いい香りが秋の訪れを教えてくれる。枝を切ってもめげないし、セミの抜け殻もたくさんあって、元気をもらっています」
 白坂さんは、仕事で名古屋市昭和区の南山教会で働いていた20代のとき、夫のマーク・C・ライトさんと出会い国際結婚した。緑の多い自然環境にひかれ、五色園の地に引っ越してきた。当時の住所「さくら台」という響きも心地良かった。近所にはまだ数軒の家しかなかったが、新しい街の中に「お月見どろぼうの風習があることを知って感動した」と振り返る。

写真
 


3メートル程に成長した牧人さんの木を紹介する白坂さん=写真=

 小学校で受け取った木は、長さが1メートル近く、幹は指の太さしかない程だった。引っ越して間もない頃で、記念樹がシンボルツリーとなった。3年後には、牧人さんの記念樹を植えた。
 「子どもたちが地域で伸び伸びと育ってほしい」と願いを込めた。家庭教育推進委員会や子ども会の行事に、家族ぐるみで参加した思い出がよみがえる。いつしか、きょうだいの木の大きさが逆転し、牧人さんの木は、樹高3メートル程にまで生長した。
 3人の子どもたちは、いずれも米国の大学に入学し、社会に巣立った。恵美さんは米国で看護師になって結婚し、子宝に恵まれた。牧人さんは仙台市でスポーツトレーナーとして活躍し、2年前に結婚。大介さんは青森県の米軍基地で働いている。離れていても「子どもたちにとって、五色園は永遠の古里。ここでの生活を礎に羽ばたいてほしい」と祈っている。

 夫・ライトさんは南山大学外国語学部の准教授を務め、多くの学生に慕われた。だが、5年前に59歳の若さで亡くなった。白坂さんは、一人になっても、決して一人ではない。現在、福祉の仕事に携わり、多くの人たちを応援している。
 キンモクセイのオレンジ色の花がもうすぐ咲き始める。白坂さんは言う。「家族の原点は我が家のこの『ライトツリー』。これからも守り神として見守ってください」 木には、家族の思い出と愛情がぎっしりと詰まっている。

【市の木・キンモクセイ】
昭和49年、当時の日進町は「町の木」を選ぼうと住民投票を行い、キンモクセイに決まった。緑を増やそうと、昭和後期に町では婚姻届や転入届を出した人や、入園・入学式に、キンモクセイの苗木を記念樹として贈っていた。

キンモクセイに関する情報をお待ちしています。秘書広報課(0561-73-3149)

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電話番号:0561-73-3149 ファクス番号:0561-72-8861
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